華やかだった奈良時代の日本の中心地、世界遺産・平城宮跡について(奈良市)

平城宮跡

平城宮跡へいじょうきゅうせき」は、710年(和銅わどう3年)に、現在の奈良県橿原かしはら市にあった藤原京ふじわらきょうより遷都せんとされた平城京へいじょうきょうの中心であった宮跡です。1998年(平成10年)2月に「古都奈良の文化財」として、世界遺産に登録されました。

近年では、2018年(平成30年)3月24日(土)に5つの複合施設のある「朱雀門すざくもんひろば」がオープンし、「平城宮跡歴史公園」となりました。平城宮の昔から今までを総合的に案内してくれる「平城宮いざない館」や観光拠点施設「天平てんぴょうみはらし館」、レストランやカフェ併設の「天平うまし館」、観光情報を集約した「天平みつき館」などの施設が充実しています。

その他、「平城宮跡資料館」、「遺構いこう展示館」、「復原事業情報館」では、多数の出土品の展示、復元模型、遺構などが公開されています。
「第一次大極殿」や「東院庭園とういんていえん」、「朝堂院ちょうどういん」や平城京遷都1,300年の記念事業の一環として復原された「朱雀門すざくもん」など、数多くの復元施設が全域にわたって点在します。日々新たな発見が絶えない、何度も訪れたい施設です。

万葉集に詠まれた華やかさ。国際都市・平城京の誕生

「あをによし寧楽なら京師みやこは咲く花のにほふがごとく今盛りなり」(万葉集:巻三-328)。710年、本格的な日本の都・平城京が誕生しました。東西約5.9km、南北約4.8km。中央最北端に位置する平城京へいじょうきゅうは約1km四方の広大さ。宮の正門・朱雀門すざくもんから都の南端・羅城門らじょうもんまで道幅約74kmという、まるで国際空港の滑走路のような朱雀大路が縦断していました。この地で天皇を中心とした政治が行われ、全国から集められた物産や人で賑わい、外国からの使節団を迎えるなど、約70年間、政治・経済・文化の中心として栄えました。

お手本は、中国の唐。碁盤のように設計された平城京。

中国・唐の都、長安ちょうあんを手本に造られた平城京。天皇が住まわる平城京は都の中央最北端に。天皇がお出ましになる「大極殿」は、天皇の象徴“北極星(大極星)”を意味し、天皇が南に面して国を治める構図に。条坊制と呼ばれる碁盤のような規則正しい区画に整備されました。大極殿から見て向かって左側を左京、右側を右京と呼び、左京の北東部に張り出した「外京げきょう」方面には東大寺とうだいじ春日大社かすがたいしゃ興福寺こうふくじなどが、右京には薬師寺やくしじ唐招提寺とうしょうだいじなどが建てられ、東西の神様や仏様が都を守っていました。

なぜ、藤原京から平城の地へ遷都されたのでしょう?

日本初の本格的な都が造られ、国造りのための制度が整えられた藤原京の時代。中国の最新情報を得るため、久々に遣唐使けんとうしが派遣されました。その報告から、手本としたはずの中国・唐の都、長安ちょうあんは皇帝が住まわる宮の位置が藤原京の宮の位置と違うことなどが分かったことも遷都の理由と考えられています。唐への強い憧れから、元明げんめい天皇は中国式の本格的な都の建設を願ったのではないかともいわれています。

平城宮にはどんな建物があったのでしょう?

天皇が即位する時や天皇への新年のご挨拶など国家的な儀式が行われた「大極殿だいごくでん」。天皇は「高御座たかみくら」と呼ばれる玉座ぎょくざに座られました。天皇のお住い「内裏だいり」、宮勤めの役人たちが儀式や宴会を行った「朝堂院ちょうどういん」、奈良時代の人事院「式部省しきぶしょう」、防衛省「兵部省ひょうぶしょう」など、平城宮にはさまざまな建物が並んでいました。平城宮跡資料館に、当時の役所や宮殿の内部を実物大で再現しているので、訪れた際は体感してみましょう。

どうして、平城の地が選ばれたのでしょうか?

古代中国の思想に基づいて、北に玄武げんぶ(山)・東に青龍せいりゅう(川)・南に朱雀すざく(湖沼)・西に白虎びゃっこ(道)の「四神しじん」が揃い、北に平城山ならやま・東に春日山かすがやま御蓋山みかさやま)・西に生駒山いこまやまの「三山さんざん」に囲まれた絶好の地だったためと言われています。平城山を越えれば、物資の運搬に適した木津川きづがわ(京都府)にも通じ、瀬戸内海・琵琶湖に繋がるという利点も理由の一つとなっています。

どうして、平城宮跡に2つの大極殿が存在していたのでしょうか?

第一次大極殿は、元明げんめい天皇が建てた最初の大極殿です。その後、聖武しょうむ天皇の時代に恭仁京くにきょう(京都府)へ一時遷都しました。難波宮なにわのみや(大阪府)・紫香楽宮しがらきのみや(滋賀県)を経て、再び平城京へ戻られた時の大極殿が第二次大極殿跡で、基壇きだんが復元されています。

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第一次大極殿

第一次大極殿から朱雀門をまっすぐに望む眺めは一押しです!天皇が国家的儀式を行った場所から平城宮跡を展望してみましょう。殿内には、天皇の玉座ぎょくざ高御座たかみくら」の展示や平城京の設計に関するパネル解説も展示されています。

奈良文化財研究所 平城宮跡資料館

ジオラマ・映像・出土品の展示、保存処理の科学など、発掘・研究成果を分かりやすく解説されています。出土品の展示コーナーでは、落書きされたユーモラスな木簡もっかんや東院の美しい瓦なども見どころです。

公式サイト

国営平城宮跡歴史公園
国営平城宮跡歴史公園は、奈良時代の遺跡が保存・復原された公園で、世界遺産にも登録されています。どなたでも自由に散策したり憩いを楽しめます。
平城宮跡歴史公園 朱雀門ひろば
平城宮跡歴史公園 朱雀門ひろばのホームページ。奈良時代の都の遺構が残るこの特別な場所で、人が集い、商いが行われ、生活・文化が交錯することで、単なる案内所や観光施設の域を超えた公共の場が誕生します。
平城宮跡資料館ホームページ
平城宮跡資料館のホームページです。奈良文化財研究所が1960年代から行ってきた平城宮の調査をもとに、いにしえの奈良の都へご案内。平城京、平城宮跡、大極殿、朱雀門など、奈良の文化遺産を詳しく解説する施設です。

交通アクセス(朱雀門ひろばまで)

公共交通機関

  • 近鉄奈良線「近鉄奈良駅」またはJR大和路線(関西本線)&万葉まほろば線(桜井線)「奈良駅」西口から奈良交通バス「161系統・学園前駅」行き乗車、「朱雀門ひろば前」下車
  • 近鉄奈良線「学戦前駅」から奈良交通バス「161系統・近鉄奈良駅」行き乗車、「朱雀門ひろば前」下車
  • 近鉄奈良線「新大宮駅」から奈良交通バス「161系統・学園前駅」行き乗車、「朱雀門ひろば前」下車
  • ぐるっとバス「大宮通りルート・朱雀門ひろば」行き乗車、「朱雀門ひろば」下車
    ※JR奈良駅には停まりません。
  • 近鉄奈良線&京都線&橿原線「大和西大寺駅」中央口から徒歩約20分
  • 近鉄奈良線「新大宮駅」から徒歩約20分

駐車場

  • 料金:乗用車1時間200円(上限500円/日)、団体バス駐機1回3000円(乗降のみ2000円)
  • 台数:乗用車42台、障害者用3台、団体バス20台 利用時間:7:30〜23:00

詳しくは、奈良公園団体バス駐車場予約センターまでお問合せください。TEL:0742-81-8920(営業時間 9:00~17:00)

地図

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